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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)27号 判決 1997年4月25日

原告 中島健吉

被告 桐生税務署長 国税不服審判所長

代理人 中井國緒 齊木敏文 田部井敏雄 ほか五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告国税不服審判所長が原告に対し平成六年一一月九日付けでした裁決(関裁(所)平六第四号)のうち審査請求を棄却した部分を取り消す。

二  被告桐生税務署長が原告に対し平成四年六月一八日付けでした次の各課税処分をいずれも取り消す。

1  原告の平成元年分の所得税に係る更正のうち、総所得金額一〇億五八三六万一五三〇円及び納付すべき税額二億二四四一万五九〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも裁決によって一部取り消された後のもの)

2  原告の平成二年分の所得税に係る更正のうち、総所得金額四億二三八〇万二八七六円及び納付すべき税額七〇二八万六四〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

3  原告の平成三年分の所得税に係る更正のうち、総所得金額五億二五〇四万五二七六円及び納付すべき税額二億六二六二万八九〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、修正申告に伴う過少申告加算税賦課決定を除く。)

三  被告桐生税務署長が原告に対し平成五年四月一二日付けでした、原告の平成元年ないし三年分の所得税に係る更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の各通知処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、その保有に係る株式を原告が大半の出資持分を有する有限会社に譲渡するに際し、右株式の取得資金を無利息かつ無期限で右会社に貸し付けたところ、被告桐生税務署長から、右無利息貸付けについて所得税法一五七条(同族会社等の行為又は計算の否認、以下「本件規定」という。)を適用され、利息相当分の雑所得があるものとして所得税についての更正を受け、その後右会社を解散したため貸付金が一部回収できなくなったとして更正の請求を行ったが、その理由がない旨の通知処分を受けたことから、更正及び通知処分に対する異議、審査請求を申し立てたが、審査請求についても一部棄却する旨の裁決を受けたために、更正、通知処分及び裁決の取消しを求めて出訴した事案である。なお、被告桐生税務署長は、本案前の抗弁として、通知処分は本訴の提起に伴って更正に吸収されているから、通知処分の取消しを求める部分については訴えの利益がないと主張している。

二  本件に至る経緯(いずれも当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 原告は、大正一〇年一月二日生まれで、遊技用パチンコ機器製造等を事業目的とする株式会社平和(以下「平和」という。)の代表取締役であるほか、有価証券の保有、運用等を事業目的とした有限会社中島興産(以下「中島興産」という。)の存続中はその取締役も兼ねており、昭和六三年一二月三一日現在、平和の発行済株式総数(五八八八万株)のうち七三・五パーセントに相当する株式(四三二五万二〇〇〇株)及び中島興産の資本金(五〇〇万円)のうち九八パーセントに相当する出資持分(四九〇万円)を有していた。

平和の株式について、原告及び原告が関係する法人等の持株割合及びその変遷は、別表一のとおりである。

(二) 平和は、昭和三五年九月に設立され、その株式は昭和六三年八月八日付けで社団法人日本証券業協会に登録し、いわゆる店頭売買登録銘柄とされ、平成三年一二月六日、東京証券取引所第二部に上場された。

(三) 中島興産は、昭和六三年一一月二九日に設立された原告の同族会社(法人税法二条一〇号)である。同社の収益のほとんどは、原告が平成元年三月一〇日に同社に譲渡した平和の株式三〇〇〇万株(以下「本件株式」という。)に係る配当収入(平成元年九月期は〇円、平成二年九月期は六億円及び平成三年九月期は九億円)であり、配当収入のほかには、平成二年九月期及び平成三年九月期に受取預金利息収入があったのみである。

同社は、平成四年八月一一日に解散し、同年一〇月一五日に清算結了している。

2  本件株式の譲渡

原告は、平成元年三月一〇日、中島興産に対し、原告を売主、中島興産を買主とする指値(一株あたり一万一五〇〇円)による取引で、本件株式を野村証券、日興証券、大和証券、国際証券及び日本勧業角丸証券を介して(場外取引)、代金総額三四五〇億円で譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。

3  本件株式に係る買取資金の貸付け

原告は、中島興産に対し、本件譲渡に係る代金精算日である平成元年三月一五日、その買取資金三四五五億二一七七万五〇〇〇円(本件株式の代金三四五〇億円と前記証券会社各社に支払う購入手数料五億二一七七万五〇〇〇円との合計額)を、返済期限及び利息を定めず、担保を徴することもないまま貸し付けた(以下「本件消費貸借」といい、右に係る貸付金を以下「本件貸付金」という。)。

4  本件貸付金の流れ

(一) 平成元年三月一五日、原告は、本件貸付金の資金調達のため、東海銀行原宿支店外三行から合計三四五五億二二〇〇万円を借入利率年三・三七五パーセントでそれぞれ借り入れ、うち三四五五億二一七七万五〇〇〇円を本件貸付金に充てた。

(二) 同日、中島興産は、本件貸付金を前記証券会社各社に支払い、右各社は、本件株式を中島興産に引渡し、本件株式の代金三四五〇億円から右各社の手数料五億二一〇六万二五〇〇円及び有価証券取引税一八億九七五〇万円を控除した後の三四二五億八一四三万七五〇〇円を原告に支払った。

(三) 同日、原告は、前記(一)に係る借入金合計三四五五億二二〇〇万円及びこれに対する利息合計三一九四万九一四九円の全額を各銀行に返済した。右返済に当たって原告は、前記(二)に係る受領金三四二五億八一四三万七五〇〇円を充当した。

(四) この結果、本件株式は原告から中島興産に移転したが、本件消費貸借は引き続き無利息・無期限のままの状態で残存することとなった。

(五) 平成四年一〇月一三日、中島興産は、前記1(三)記載の解散に際し、その所有していた本件株式(時価額二〇四〇億円)を初めとする資産(合計額二〇五六億九七八九万九二五七円)をもって本件消費貸借に係る債務を代物弁済したが、本件株式の価格が下落したことに伴い、原告は、本件貸付金の全額を回収することができなくなり、一三九八億二三八七万五七四三円を同日付けで免除した。

5  昭和六三年法律第一〇九号(以下「本件改正法律」という。)による所得税法等の改正

(一) 本件改正法律による改正前の所得税法九条一項一一号ホ、同法施行令二六条三項四号及び二七条の三第一項によれば、株式が店頭売買登録銘柄として登録された日において、当該株式に係る発行法人の発行済株式の総数の一〇〇分の二五以上に相当する株式数を有する者が、右登録された日から一年以内に証券会社又は外国証券会社の支店の媒介、取次ぎ又は代理で譲渡した場合、右譲渡利益は非課税とされていた。

(二) 本件改正法律による改正後の租税特別措置法三七条の一〇第二項によれば、居住者が平成元年四月一日以後にした株式等の譲渡のうち、店頭売買登録銘柄として登録された日において所有期間が三年を超える株式を右登録された日以後一年以内に証券業者へ直接又は売委託でしたものについては、当該株式等の譲渡に係る譲渡所得等の金額の二分の一に相当する金額が所得税の課税対象になるとされている。

6  原告に対する更正等の経緯

(一) 原告の平成元年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別紙一のとおりである。

すなわち、本件譲渡に係る譲渡利益は5(一)記載のとおり非課税となるため、原告は、同年の所得につき不動産所得一四二七万六五三〇円、配当所得八億六五九四万円及び給与所得一億七八一四万五〇〇〇円(総所得金額一〇億五八三六万一五三〇円)、納付すべき税額二億二四四一万五九〇〇円として法定申告期限までに申告したところ、被告桐生税務署長は、平成四年六月一八日付けで、本件消費貸借について本件規定を適用し、本件消費貸借によって原告に利息収入が生じたものと認定して、右認定利息に係る雑所得の額を一四一億一〇七二万〇九五二円と計算した上、総所得金額一五一億六九〇八万二四八二円(確定申告に係る額と右雑所得の額の合計額である。)、納付すべき税額七二億七九七七万五九〇〇円とする更正及び過少申告加算税額一〇億三四二三万二〇〇〇円とする賦課決定をした。

(二) 原告の平成二年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別紙二のとおりである。

すなわち、原告は、同年の所得につき不動産所得一四三八万七八七六円、配当所得二億四九五一万円及び給与所得一億五九九〇万五〇〇〇円(総所得金額四億二三八〇万二八七六円)、納付すべき税額七〇二八万六四〇〇円として法定申告期限までに申告したところ、被告桐生税務署長は、平成四年六月一八日付けで、本件消費貸借について本件規定を適用し、本件消費貸借によって原告に利息収入が生じたものと認定して、右認定利息に係る雑所得の額を一七七億三九〇八万七九二八円と計算した上、総所得金額一八一億六二八九万〇八〇四円(確定申告に係る額と右雑所得の額の合計額である。)、納付すべき税額八九億三九八三万〇四〇〇円とする更正及び過少申告加算税額一三億二〇六八万円とする賦課決定をした。

(三) 原告の平成三年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別紙三のとおりである。

すなわち、原告は、同年の所得につき不動産所得一四二九万〇二七六円、配当所得三億六六八一万円及び給与所得一億四三九四万五〇〇〇円(総所得金額五億二五〇四万五二七六円)、納付すべき税額九九四八万〇一〇〇円として法定申告期限までに申告し、平成四年三月二五日に右総所得金額に分離課税の株式譲渡所得八億一五七四万四八六七円を課税標準に加えて修正申告を行ったところ、被告桐生税務署長は、平成四年六月一八日付けで、右修正申告分について過少申告加算税賦課決定を行うとともに、本件消費貸借について本件規定を適用し、本件消費貸借によって原告に利息収入が生じたものと認定して、右認定利息に係る雑所得の額を一七七億三九〇八万七九二八円と計算した上、同日付けで、総所得金額一八二億六四一三万三二〇四円(期限内申告に係る額と右雑所得の額の合計額である。)、分離課税の株式譲渡所得八億一五七四万四八六七円、納付すべき税額九一億三二一七万二九〇〇円とする更正及び過少申告加算税額一三億二六五九万八五〇〇円とする賦課決定をした。

なお、以下においては、平成元年分ないし平成三年分(以下「本件各年分」という。)の原告に係る所得税に対してされた各更正を以下「本件各更正」というとともに、原告に対してされた各賦課決定(ただし、別紙三の順号3に係るものを除く。)を以下「本件各決定」といい、本件各更正と併せて以下「本件各処分」といい、本訴において被告桐生税務署長が本件規定によって認定したと主張する本件各更正に係る利息収入相当額を以下「本件認定利息」と総称することとする。

7  本件各処分等に対する不服申立ての経緯

原告の本件各処分に係る不服申立ての経緯は別紙一ないし三のとおりである。すなわち、原告は、本件各処分に対し、平成四年七月一三日付けで課税標準及び税額はいずれも申告額どおりであるとして被告桐生税務署長に対する異議申立てを行ったが、被告桐生税務署長は、同年一〇月九日付けでいずれも棄却する旨の決定をした。そこで、原告は、同年一一月六日付けで課税標準及び税額はいずれも申告額どおりであるとして、本件各処分につき被告国税不服審判所長に対する審査請求を行うとともに、同年一二月一一日付けで、中島興産の解散に伴い、本件認定利息は所得税法六四条一項の規定によりなかったものとみなされることになるとして、所得税法一五二条により本件各年分の所得税につき被告桐生税務署長に対して更正の請求をしたところ、被告桐生税務署長は平成五年四月一二日付けで右更正の請求にはいずれも理由がない旨の通知処分(以下「本件各通知」という。)をし、本件各通知に対する原告の平成五年四月二六日付けの異議申立ては、同年五月二五日付けで審査請求とみなされることとなった。そして、被告国税不服審判所長は、平成六年一一月九日付けで、本件各更正のうち平成元年分に係るものについて総所得金額一一五億五八七三万六〇五九円、納付すべき税額五四億五九六〇万二九〇〇円を超える部分及び本件各決定のうち平成元年分に係るものについて七億六一二〇万五五〇〇円を超える部分をそれぞれ取り消し、本件各処分のその余の部分及び本件各通知の取消しを求める部分をいずれも棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

第三争点及び当事者の主張

一  争点

本訴において、原告は、本件各処分につき、本件規定は所得の発生を擬制する規定ではないから、本件消費貸借には適用の余地がないし(本件規定違反)、本件各処分当時においては、個人が法人に無利息貸付けをしても課税関係は生じないとする税務実務及び公的見解が存在していた(憲法三一条違反ないし信義則違反)等と主張し、平成元年分ないし平成三年分に係る原告に対する所得税の総所得金額及び納付すべき税額は原告の各申告どおりとなるとし、本件各通知につき、擬制された本件認定利息についても所得税法六四条一項の適用があると解すべきである等として、その取消しを主張する。また、原告は、本件裁決につき、裁決の前提となる事実関係を認定するについて十分な説明、反論の機会を与えない違法があったとして、その取消しを主張する。

これに対し、本訴において、被告桐生税務署長は、本件規定は所得の発生を擬制する規定であるから本件消費貸借にも適用でき、本件認定利息の利率は市中金利によるべきところ、これに基づいて計算された雑所得の額は本件各更正に係る雑所得の額をそれぞれ上回っているから本件各処分は適法である等と主張し、本件各通知については、本件各更正に吸収されるから原告にはその取消しを求める訴えの利益はないし、本件貸付金に係る元本の一部回収不能という事実と本件認定利息との間には何の関係もないから、本件各通知は適法であると主張する。また、被告国税不服審判所長は、本件裁決に係る手続において原告が不意打ちを受ける等の瑕疵はなかったとして、本件裁決は適法であると主張する。

したがって、本件の争点は以下のとおりである。

(一)  原告には本件各通知の取消しを求める訴えの利益があるか(争点1)

(二)  本件各更正は適法か(争点2)

(三)  本件各決定は適法か(争点3)

(四)  本件裁決は適法か(争点4)

(五)  本件各通知は適法か(争点5)

二  本件各通知の取消しを求める訴えの利益の有無(争点1)

1  被告桐生税務署長の主張

更正の請求がされた場合、税務署長は、その請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、減額すべきであると判断した場合には減額更正を行うが、減額を要しないと判断した場合には更正をすべき理由がない旨を請求者に通知することとなる(国税通則法二三条四項)。すなわち、税務署長は、仮に調査の結果更正の請求の理由が認められたとしても、右調査の結果申告税額等に相当する内容の所得等が発見され、課税標準等又は税額等について変動を生じないことが判明した場合には、更正をすべき理由がないとしてその旨の通知処分を行うこととなるから、右通知の取消訴訟における審理の範囲も、更正の請求の理由の存否のみならず、右通知によって減額しないこととなった税額が総額において客観的に定まっている税額を上回るか否かを判断するために必要な事実全部に及ぶことになり、この理は、通常の更正の請求に対する通知の場合であろうと、後発的理由による更正の請求に対する通知の場合であろうと異なることはない。

そうすると、本件のように、増額更正と後発的理由に基づく更正の請求に対する通知のいずれについてもその取消しを求める訴えにおいて、両訴訟が併存するものと解するならば、いずれも一個の納税義務の税額について審理している両訴訟が別個の裁判所に係属し、相互に矛盾する判断がされることがあり得ることになるから、一方は他方の処分の取消訴訟の中で吸収包含して審理されれば足り、独立に審理される利益は存しない。

そして、通知は、増額更正と異なって新たに納税義務を確定させる処分ではなく、更正の請求に対して職権の発動を拒否し、申告税額等について減額を認めないことを確認する効果を持つ処分にすぎないことからすれば、納税義務の確定という処分の性質から、通知が増額更正に吸収されるものと解するのが相当である。

したがって、原告には、本件各通知の取消しを求める訴えの利益がない。

2  原告の主張

本件各通知と本件各更正とは、本来一方が他方を吸収する関係にはなく、それぞれ別個の処分であるし、原告は、本件各通知及び本件各更正について、それぞれ固有の違法事由を主張してその取消しを求めている。しかも、本件各通知は、本件各更正の後に発生した事由に基づく更正の請求に対するものである。また、矛盾する判断を避けなければならないというのであれば、一つの裁判所で両訴訟を併合審理すれば足りるのであって、敢えて本件各通知の取消しに係る訴えを却下する必要はない。

したがって、原告には、本件各通知の取消しを求めるについての訴えの利益がある。

三  本件各更正の適法性(争点2)

1  被告桐生税務署長の主張

(一) 本件規定の趣旨、目的

本件規定は、同族会社等が少数の株主によって支配されているため、その株主等の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合にそれを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものであって、租税回避(その意図の有無は問わない。)に対処するのみならず、独立当事者間の取引と比較して異なる行為が行われ、正常取引を行った者との租税負担公平の観点から、適正な所得を算定し得るというものである。

そして、所得税法が、所得を収入、すなわち外部からの経済的価値の流入という現象形態で捉え(三六条一項)、さらに所得のうち原則として実現した経済的利得のみを課税の対象としている中で、本件規定は、所得あるいは収入の発生を回避したり発生を生じさせない法形式が選択され、その結果として株主等の税負担を不当に減少させる行為又は計算が行われた場合にも右行為又は計算を否認する権限を税務署長に認めるものであって、発生した所得の帰属(所得の配分)のみならず、外部からの経済的価値の流入が認められない場合であっても、所得の発生を擬制し、同法三六条の収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額を計算して課税し得る規定と解するのが相当であり、このことは、大正一二年における所得税法改正当時における同族会社の行為計算の否認規定が創設的規定であると説明されていた沿革等に照らしても明らかである。

また、裁判例も、個人がその同族会社たる不動産管理法人に対し不動産を低廉な賃貸料で賃貸していた行為を本件規定によって否認し、適正な賃貸料収入に基づく不動産所得が当該個人にあったものと擬制してされた課税処分(最高裁平成六年六月二一日第三小法廷判決・訟務月報四一巻六号一五三九頁、以下「不動産又貸し事例」という。)、個人がその同族会社たる不動産管理法人に過大な管理料を支出していた行為を本件規定によって否認し、適正な管理料を超える必要経費を否認した課税処分(東京地裁平成元年四月一七日判決・訟務月報三五巻一〇号二〇〇四頁、以下「不動産管理事例」という。)、あるいは個人がその同族会社に無利息貸付けを行ったことにより所得税(雑所得)の負担を不当に軽減していた行為を本件規定によって否認し、同族会社の個人に対する貸付金に係る利率(日歩二銭五厘)に基づき雑所得を計算してされた課税処分(東京地裁昭和五五年一〇月二二日判決・訟務月報二七巻三号五六八頁、以下「無利息消費貸借事例」という。)をいずれも適法としているから、やはり本件規定の趣旨が所得の発生を擬制する点にあると解していることが明らかである。

(二) 本件規定の要件及び効果

本件規定の適用に係る要件は、<1> 同族会社等の行為又は計算が存在すること、<2> 同族会社等の行為又は計算が経済的合理性を欠くこと、<3> 同族会社等の行為又は計算の結果、株主等の所得税の負担が減少したことにあり、株主等に租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在したことは必要ではない。

もっとも、本件規定は、否認の要件を判断する対象を同族会社等の行為又は計算とし、その効果として否認する対象を個人の行為又は計算としていることから、この点をいかに解するかが問題となるが、これは、同族会社等の行為又は計算を否認し、正常な行為又は計算に引き直して所得を計算した上、同族会社等に課税を行う規定(現行の法人税法一三二条に対応するもの)とその株主等に課税を行う規定(本件規定に対応するもの)とがかつては同一条文に規定されていたことに由来するものであって、<2>にいう経済的合理性を同族会社等の側からだけみて判断しなければならないという趣旨でないことは明らかである。むしろ、同族会社等の取引の相手方がその株主等である場合には、両者の行為は表裏一体をなすものであって、一方当事者の所得の減少が他方当事者の所得の増加につながるという関係に立つことが多く、同族会社等の行為のみを捉えて否認すべき行為又は計算の経済的合理性を判断することは困難であるし、本件規定が株主等の所得税の不当な減少を防ぐための規定であることからすれば、本件規定の適用に当たっては、株主等と同族会社等との間の取引行為を全体として把握し、その両者間の取引(行為計算)が客観的にみて個人の税負担の不当な減少を結果するものと認められるか否かという観点から、その適用の適否を判断せざるを得ない。よって、<2>の要件の判断対象となる同族会社等の行為又は計算とは、同族会社等を一方当事者とする取引、すなわち株主等と同族会社等の間の取引行為全体であり、要件が充足された場合に税務署長が否認するのが所得税算定の基礎となる株主等の行為又は計算であると解すべきである。

そして、行為又は計算が経済的合理性を欠いているとは、通常の経済人の行為として不自然、不合理であることを指し、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみではなく、独立、対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる独立当事者間取引とは異なっている場合をも含むものと解される。

また、本件規定の適用がある場合には、特殊関係者間の取引という事情を度外視したとき、一般条件下において経済的諸力の均衡として得られる適正値(現実には、かかる条件下における標準値ないし平均値として得られる。)に基づいて税額を算出すべきこととなる。

(三) 本件規定と無利息消費貸借

同族会社等が株主等から無利息で金銭を借り入れることは、通常の経済人の行為としてみると、通常支払うべき利息を支払わないという利益に対応する別個の反対給付をその相手方である株主等に与え、利益の享受と供与とがほぼ等しいときに、初めて成立し得るものと考えられる。よって、具体的に計測可能な同族会社等から株主等への反対給付が存在しない限り、通常の経済人の行為として不合理、不自然であり、独立当事者間取引と異なる取引ということができる。

そして、かかる無利息消費貸借においては、同族会社等は、独立当事者間取引なら当然に支払うべき利息相当額の金銭の支払を免れ、これによって同額の利益を得るのに対し、株主等は、通常なら当然収受することができる受取利息相当額を受領しないことになって、所得税の累進税率の適用を回避するとともに、同族会社等の借入金の運用益から生じる収益を個人やその家族に給与所得や配当所得の形で取得させることによって所得を分散し、給与所得控除(所得税法二八条二、三項)等の恩恵を将来にわたり享受することができることになる。そして、株主等の側に当該消費貸借を無利息とするか有利息とするかの選択の自由があったのであるから、有利息消費貸借を選択し得たにもかかわらず経済的合理性に反して株主等が敢えて無利息消費貸借を選択した点に担税力を認め、有利息消費貸借を行った者と同様の課税を行うことが課税の公平ないし応能負担の原則という見地から妥当である。

もっとも、同族会社のオーナーである株主等が、業績不振の当該会社の倒産を防止するために緊急に行う資金貸付けで合理的な再建計画に基づくものである等、無利息又は低利率で貸し付けたことについて相当な理由が認められる場合には、その選択に社会的、経済的理由が存し、正当な取引条件に従って行われたものということができるから、本件規定の適用はないことになる(法人税基本通達九―四―二参照)。

(四) 本件規定と本件消費貸借

本件消費貸借は、無利息、無期限かつ無担保の取引であり、原告が自認するように安定株主対策の一環として行われたとしても、それが具体的に計測可能な原告への反対給付たり得ないことは明らかであるから、独立当事者間取引とは異なる取引というべきである。

そして、原告が本件消費貸借の動機として主張する「安定株主対策」は、本件規定の適用を排除するに足りる正当な理由とはなり得ない。それどころか、本件消費貸借には以下に列記するような目的があったものとうかがわれることを考慮すれば、原告にとっての本件消費貸借は、自らの企業支配という私的利益を追求するためのものにすぎず、同族会社の存在をその法人格があるが故に利用ないし濫用するものであり、租税回避行為とも評価し得べきものであって、右のような正当な利用があるとは到底認められない。

(1) 創業者利得の確保

前記第二の二5記載のとおり、平成元年四月一日以降に原告が本件株式を譲渡した場合には巨額の課税がされたはずであり、他方、同日以前に本件株式を市場で一時に売却したとすれば、その株価は暴落したものと推認されるから、原告は、本件消費貸借を通じて場外取引により本件株式を中島興産に移転することによって、そのいずれをも回避しつつ創業者利得を確保することができた。

(2) 中島興産を介しての平和支配の維持

中島興産は、本件株式を原告から取得し保有することを主たる目的として設立された法人であり、原告は、本件譲渡の後においても、中島興産を介して平和を引き続き支配しているが、これは中島興産が原告を主たる株主とする同族会社であるが故であり、そのために本件消費貸借がされたことを意味している。

(3) 株式の散逸防止

原告は、本件譲渡の当時六八歳であったから、本件譲渡は、将来発生するであろう相続開始時における平和株の散逸防止、円滑な事業承継及び相続税対策をも意図していた。

(4) 将来の本件株式に係る譲渡益課税の回避

平成元年四月一日以降において、原告が中島興産から本件株式の一部又は全部を再取得した後、その一部又は全部を他に再譲渡すれば、その譲渡益を圧縮又は零にすることができる。

したがって、本件消費貸借を容認した場合には、原告の所得税の負担を不当に減少させる結果となることは明らかであるから、被告桐生税務署長は、本件規定を適用し、原告と中島興産との間において独立当事者間で行われるような有利息消費貸借が行われ、通常の期間内に利息相当額の授受があったものとして本件認定利息を算出し、本件各年分の雑所得の額を計算したものである。

(五) 雑所得の額の計算

本件認定利息の計算に当たっては、本件消費貸借の融資額が三四五五億円余りと多額であること、中島興産の借入目的が本件株式を長期に保有するための取得資金で返済期限の定めもないこと、中島興産がその手持資金で本件株式を購入することが不可能であったことから、右のような多額の資金調達手段と一般に認められる金融機関からの借入れ、すなわち経済的実質に即した標準的な行為又は計算に引き直すとすれば、標準値として成立していた本件消費貸借当時の市中金利である全国銀行(都市銀行、地方銀行、第二地方銀行、信託銀行及び長期信用銀行)の長期貸出約定平均金利五・五八〇パーセント(以下「本件金利」という。)を適用すべきである。

なお、原告が本件貸付金に係る資金調達として借り入れた各金融機関の利率年三・三七五パーセント(当時の短期プライムレートと同率)は、わずか一日の短期借入れに係る利率であり、中島興産の借入目的が本件株式の長期保有にあること、中島興産が無担保で金融機関から長期借入れを行う場合には、担保が徴されている市中金利を超えるのは明らかであることから、本件認定利息の算出には採用しなかったものである。また、預金金利は金融機関自身の資金調達金利であるところ、中島興産は金融機関ではないこと、本件消費貸借と異なり、銀行との預金契約は消費寄託契約であることなどからすれば、預金金利をもって本件認定利息の算出の際の標準値として用いることはできないものというべきである。

そこで、本件消費貸借に係る貸付額に本件金利を適用した上、本件認定利息及び本件各年分の雑所得(なお、平成元年分の雑所得については、原告が銀行各行に支払った本件貸付金に係る一日分の利息を必要経費の額に算入した。)を計算すると別表二のとおりとなり、右雑所得は、いずれも本件各更正に係る雑所得の額を上回っている。

(六) 本件各更正と信義則等

本件各更正の当時において、個人が法人に無利息貸付けをしても課税上の問題は生じないとの税務実務が存在していたことはなかった。

また、課税処分が信義則の適用により違法となる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に初めてその適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するか否かの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうかという点の考慮が不可欠である。そして、右にいう公的見解の表示とは、通達の公表、申告指導、照会に対する回答、通知、助言等であり、それらの表示は、行政活動の一環としてされたものでなければならない。しかるに、代表者がその関係する同族会社に無利息で融資する場合において代表者には所得税が課税されない又は本件規定の適用がないとする通達が公表されていたことはないし、本件消費貸借を行うに当たって原告が公的見解を求めた事実は存しないから、本件においては公的見解の表示の事実そのものが存在せず、本件各更正について信義則の適用を考える余地はない。

(七) したがって、本件各更正は適法である。

2  原告の主張

(一) 本件規定の趣旨、目的

本件規定が、少数の株主等によって支配されている同族会社等ではその株主等の所得税の負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合にそれを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に与えるものであることについては、被告桐生税務署長の主張するとおりである。

しかし、本件規定によっても、所得の発生を擬制して所得税を課すことはできない。けだし、所得税法は、原則として、外部からの経済的価値の流入の形態において捉えられる所得のみを課税対象として規定し(二三ないし三五条)、それ以外の類型の所得を課税対象とする場合には特に個々の明文によって規定するという方法を採用しているところ、同法三六条一項にいう「別段の定め」とは具体的には同法二五条二項、三九条、四〇条、四一条及び五九条を指し、本件規定は右「別段の定め」に含まれないから、本件規定によって課される所得税の対象も、同法第二編第二章「課税標準及びその計算並びに所得控除」において規定される「所得」すなわち同法三六条一項所定の「収入」又は同項にいう「別段の定め」による収入以外の所得(以下「収入等」という。)にほかならないものと解すべきだからである。結局、本件規定は、第二編第二章中ではなく同編第七章「更正及び決定」中にあることからも明らかなとおり、申告納税制度の下で税務署長に所得金額及び税額の更正等を行う権限を与えた点で手続的な特別規定であるとはいえても、同法にいう本来の所得又はこれに代わる経済的成果を何ら実現していない者に対して課税し得るとする実体的な例外規定とは解し得ないのである。

したがって、「所得なくして課税なし」の原則に照らして判断すれば、本件規定の趣旨、目的は、同族会社等の行為又は計算によって、株主等が本来の所得に代わる経済的成果を実現させながら、本来の所得に対する所得税を免れるという実態がある場合に、これを放置すれば当該株主等が免れることになる所得税を課税する点にあるものというべきである。

これに対し、被告桐生税務署長は、大正一二年の所得税法改正以来同族会社の行為又は計算の否認規定が創設的規定と説明されてきた沿革から、本件規定は所得の発生を擬制するものであるとし、裁判例もかかる解釈を支持してきたと主張する。しかし、同族会社の行為又は計算の否認規定が創設的規定であると説明されてきたのは、租税法律主義の原則から、租税回避の否認は明文の規定があって初めて許されると解されてきたからにすぎないし、その引用する裁判例も、<1> 同族会社が第三者から得る転貸料から適正管理料を差し引いた残額が同族会社から株主等及びその家族に多額の役員報酬として還元されており、実質的に経済的成果が実現されるとともに、所得税に係る累進税率の適用を回避して所得税を減少させていた事案に係るもの(不動産又貸し事例)であったり、<2> 株主等が同族会社に支払っていた高額の管理料を否認し、本来当該株主等が第三者から得られるはずの賃貸料収入をもって課税所得と認定した事案に係るもの(不動産管理事例)であったり、<3> 株主等と同族会社との間に公私混同ともいうべき乱脈経理がされ、しかも同族会社等が株主等から受けた無利息での貸付金を実際に事業資金として運用して収益を上げるとともに、同族会社等から株主等に多額の役員報酬等が支払われていた特殊な事案に係るもの(無利息消費貸借事例)であり、いずれも所得の発生の擬制を認めたものとして引用するのは不適切というべきである。

(二) 本件規定適用の要件

本件規定の趣旨、目的に照らせば、本件規定の適用に当たっては、同族会社等が同族会社等であるが故に用い得る不正常な法形式を用いることによって、株主等に一般に用いられる法形式を用いたとすれば生じるはずの所得に代わる経済的効果を得させながら、一般に用いられる法形式を用いたとすれば当該株主等に生じるはずの所得に対して課されるべき所得税を免れ、税負担の公平が損なわれることが要件となるものと解すべきである。換言すれば、同族会社等がそのような不正常な法形式を用いたのは、株主等の本来負担すべき所得税の負担を殊更に軽減させるためであったと客観的に認められること、すなわち客観的にみて同族会社等が行う株主等の租税回避行為であると評価できるものであることを要するものというべきである。かかる解釈は、本件規定の「所得税の負担を不当に減少させる結果となる」という文言にも沿うし、本件規定の文言の曖昧さ、その適用事例に係る通達集等の未整備及び同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用要件が大正一二年の創設時からの数次にわたる改正を通じて拡大されていった経緯等にかんがみ、その恣意的な運用を防ぐために慎重な解釈適用をすべきことに照らしても妥当というべきである。

また、本件規定によって税務署長が否認し得る行為又は計算は同族会社等の行為又は計算であって、株主等の行為又は計算ではないことはその規定の上から明らかである。

これに対し、単に経済的合理性を欠く同族会社等の行為によって所得税の負担が減少したとしても、右行為は「所得税の負担を不当に減少させた」ことにはならないし、かかる行為を否認するのは本件規定の趣旨にも沿わないものというべきである。また、本件規定による否認の判断対象となる行為又は計算を株主等と同族会社等との間の取引行為全体であるとするのは、実質的には株主等の行為又は計算を否認し得るとするに等しく、本件規定の文言からかけ離れた解釈というべきである。

(三) 本件規定と無利息消費貸借

金銭消費貸借においては、その利息の有無及び利率を決める要素として貸借の目的又は理由、借主と貸主の関係等の様々なものがあるから、具体的に計測可能な反対給付がない無利息消費貸借が直ちに経済的に不合理となるものではないし、貸主がその経済的目的を達成するために敢えて無利息で貸付けを行ったような場合には、正に貸主が無利息消費貸借によって反対給付を得たともいい得るのである。また、無利息消費貸借が一般的に経済的合理性を欠くとすれば、それは個人が非同族会社に対して行った場合にこそ一層顕著なものというべきであるから、本件規定を個人が同族会社に貸付けを行った場合に適用することはむしろ不公平というべきである。

また、所得税法は、所得のみに担税力を認めて課税対象としているのであるから、無利息貸付けが経済効果において借主に対する受取利息相当額の実質的贈与であるとしても、これによって貸主に所得が発生するものでないことは明らかであるし、貸主に利息を付するかどうかの選択の自由があることは誰に対する貸付けの場合でも同様であるから、同族会社等に対する貸付けに対してのみ課税する根拠とはならない。

そして、被告桐生税務署長が社会的、経済的に正当な理由のある無利息消費貸借として挙げる各事例について本件規定の適用がないことは明らかであるが、被告らが非課税要件を創設することはできないはずであるから、かかる場合に本件規定が適用されないというのは、無利息消費貸借というだけでは本件規定の適用がないからにほかならないし、被告桐生税務署長が主張する「正当な理由」の判断基準は極めて不明確である上、営利を目的とする経済的実体である法人に対する法人税法の適用に係る通達が本件規定に妥当しないことも明らかである。

(四) 本件規定と本件消費貸借

原告は、本件消費貸借によっても、本来株主等に生じるはずの所得はもとより、それに代わる経済的成果を実現してもいないのであるから、これに本件規定を適用する余地はない。

また、原告が、<1> 株式譲渡益に対する非課税規定の適用を受け得る時期に本件株式の譲渡をすること、<2>中島興産の主たる社員として中島興産を介して平和に対する支配を維持すること、<3> 会社の創業者として当該会社の安定的存続を願って相続対策を講じることは、いずれも当然のことにすぎず、被告桐生税務署長が正当な理由として例示する「業績不振の同族会社の倒産防止」と比較しても、何ら不当な事情とはいえない。

(五) 雑所得の額の計算

金銭消費貸借の利息に係る利率は、当事者間の関係、借主の支払能力、貸主の利息徴収の可能性、契約の目的及び期間等の具体的な状況に応じて千差万別であって、「疑わしきは納税者の利益に」という租税法の原則に照らせば、本件消費貸借について適正な利率を決定することは不可能というべきである。

仮に本件消費貸借について適正な利率を認定し得るとしても、一般に金銭消費貸借において発生することが期待される利息は、借主において借入金を運用して得るべき経済的利益に依拠するものであり、取引関係が正常である限り、借主に生ずべき経済的利益を明らかに超えるような利息を約定することは考えられないところ、これを本件消費貸借についてみれば、中島興産は、本件貸付金を即時全額本件株式の取得代金に充てたものであって、本件消費貸借によって生じる中島興産の経済的利益は取得した本件株式の配当金のみであるから、その適正な利率も本件株式に係る配当金の額と同額と解すべきであり、かかる解釈は、民法五七五条二項本文の趣旨に照らしても妥当である。

仮にこのように解し得ないとしても、本件各更正によって否認の対象とされたのは中島興産の無利息による借入れではなく、原告の無利息による貸付けであって、その行為が経済的合理性を有するかどうかを判断するに際しても個人が金融機関へ貸付けを行う際の利率を標準値とすべきだから、本件消費貸借に係る適正な利率は、法人の側からみた借入利率(銀行貸出利率)ではなく、個人の側からみた貸付利率(個人の預金金利の利率)とすべきである。また、右のようにはいえないとしても、金融機関ではない個人が貸主である場合の金銭消費貸借に係る利率の選択の場面では様々な基準があり得るのであり、本件貸付金の原資の借入れに係る利率を標準値の一つとして選択することを不合理とすることはできないから、本件消費貸借に係る適正な利率は、原告が金融機関から借り入れた金員の約定利率である三・三七五パーセントを上回らないものというべきである(所得税基本通達三六―四九参照)。

さらに、本件消費貸借について本件金利を適用するのであれば、本件金利が算出される基準となる銀行における資金の調達コストの平均金利を差し引くべきである。けだし、銀行の貸出金利の算出に当たっては、当然に当該金融機関が他から調達すべき資金のコストが織り込まれており、本件認定利息による所得は、本件金利から資金調達コストの平均金利を差し引いた残余部分となるはずだからである。

(六) 本件各更正と信義則等

税務実務においては、長年にわたって、所得税と法人税における所得概念の相違(法人税法上の「益金」とは、収入のみならず無償取引を含む概念であることが二二条二項によって規定されているのに対し、所得税法は、「収入」すなわち外部からの経済的価値の流入がないにもかかわらずこれを所得と認定する規定は、三九条等の個別の例外規定を除いては存在しない。)、個人と法人との行動形態の違い(営利を目的とする経済的実在としての法人は合理的な理由なしに無償取引をするということはあり得ないが、個人は常に営利を目的として行動するとは限らない。)等から、個人が法人に無利息貸付けをしても課税上の問題は生じないものと確信されてきており、かかる税務実務の存在は、課税庁の担当職員がその官職を明示して執筆した著作物にその旨の記載があることからも明らかである。よって、かかる税務実務を覆して個人による無利息貸付けに本件規定を適用して課税しようとする場合には、少なくとも明確な通達を発出するなど、一般の納税者にその趣旨を十分に了知させる手続を履践することが必要不可欠であるのに、本件各更正は、かかる手続を何ら経ることなく従来の税務実務を覆して不意打ち的にされたものであって、憲法三一条に違反する。

また、課税庁の担当職員の手になる前記のような著作物は、厳密には個人的な著作物ではあるが、執筆者の官職が明示されていること等に照らせば、課税庁において、個人から法人に対する無利息貸付けに課税されることはない旨の公の見解を表示したものと同視すべきものである。そして、本件消費貸借がかかる公の見解に等しい見解を信頼してされたものであること、その信頼が保護に値するものであることは多言を要しないから、本件各更正は信義則に反し、違法である。

(七) したがって、本件各更正は違法である。

四  本件各決定の適法性(争点3)

1  被告桐生税務署長の主張

同族会社に対しその代表者が無利息で貸付けをする場合において、当該代表者には本件規定は適用されないとの公的見解が表示された事実等はないから、原告が本件認定利息をその所得税の税額の計算の基礎としなかったことについて国税通則法六五条四項の「正当な理由」はなく、本件各決定は適法である。

2  原告の主張

税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴って更正を受けるに至った場合には、国税通則法六五条四項の「正当な理由」が認められるものというべきである。

そして、原告が本件各年分の確定申告及び修正申告において本件認定利息を雑所得に計上しなかったのは、右申告当時において個人から法人への無利息貸付けについて課税されることはあり得ないとする課税庁職員らの一致した見解が公表されていたことに基づくものであるが、被告桐生税務署長は、かかる通説的見解を突如改変して本件各更正を行ったのである。

したがって、原告が本件認定利息をその所得税の税額の計算の基礎としなかったことについて前記「正当な理由」が存在していたことは明らかであるから、本件各決定は違法である。

五  本件裁決の適法性(争点4)

1  被告国税不服審判所長の主張

国税に関する不服申立ての審理手続においては、処分の大量性、事件内容の特殊性等から行政不服審査法第二章の規定をそのまま適用せず、一方で、審判官が職権で審査請求人等又は関係人その他参考人に対し質問し、帳簿書類その他の物件につき提出を求めること等ができる旨が定められており、職権主義が基調となっている(国税通則法八〇条、九七条)。

もっとも、実務上、国税不服審判所においては、職権に基づく審査に当たっても、審査請求人の協力を得て事実関係を解明し、より公平、迅速な審理と適正な裁決を得るために審査請求人に対する釈明を活用することとしているが、これは、右目的のために担当審判官が国税通則法九七条一項一号所定の質問権を行使したものであり、担当審判官に対し釈明義務を課すものではないし、また、釈明を欠いたとしても、そのことによって審理手続に裁決固有の瑕疵が生じるものでもない。よって、審査請求人の請求及び原処分庁の答弁書から争点が明らかな場合には、担当審判官が職権で収集し、あるいは当事者から提出された資料を基に判断すれば足りるのであって、それによって得た心証又は証拠資料を審査請求人に対して明らかにし、それについての釈明を求める必要はない。

これを本件裁決についてみるに、原告が不意打ち認定として論難する本件裁決に係る裁決書3(1)ロ(ホ)、同ハ(ホ)F及び同Gのc以下の箇所(本件株式の譲渡に係る動機を平和の株式の暴落を回避しつつ極めて高額の非課税譲渡利益を得る目的で行う点にあるとした事実摘示であり、以下「本件摘示事実」という。)は、本件消費貸借が経済人の行為として合理的であるか否かという当事者双方の主張にあらわれた争点について、担当審判官が本件裁決に係る裁決書3(1)イにおける事実認定に基づいて得た心証を記載したものにすぎない。よって、これを原告にあらかじめ開示することができないことはその性質上明らかであるし、右争点の判断に当たり本件消費貸借の動機が重視されるのは当然であって、原告も、審査請求において、本件消費貸借は経済的動機によるものではないと主張して実際に攻撃防御を行っていたのであるから、本件摘示事実の認定は原告にとって不意打ちとなるものではない。

したがって、被告国税不服審判所長による認定については何ら違法はなく、本件裁決は適法である。

2  原告の主張

行政不服申立手続を支配する職権主義の下においても、裁決庁が審査請求人に不利な裁決をする場合で、かつ、その理由が審査請求人の予想しないようなものである場合には、行政不服申立制度の趣旨から、当該事項について審査請求人の意見・弁明を聞くことが法律的な義務であると解される。

これを本件裁決についてみるに、原告は、本件株式の譲渡の目的について被告国税不服審判所長が審理、判断するであろうことは当然予知し得たが、右被告が本件消費貸借の動機について本件摘示事実のような誤った認定をし、それを本件規定を適用すべき実質的根拠とすることまでは到底予知し得なかったものであるから、右被告がかかる心証を抱いたのであれば、原告に対して、かかる目的の有無について釈明を求め、必要な反論、立証の機会を与えるべきであり、そのことが職権主義の下における真実発見のために必要不可欠な措置というべきである。

したがって、原告の思いもよらない真実に反する事実認定を行い、それを実質的根拠として原告の審査請求を棄却した本件裁決は、手続保障に欠ける点で固有の瑕疵が存し、違法である。

六  本件各通知の適法性(争点5)

1  被告桐生税務署長の主張

所得税法六四条所定の所得計算の特例は、事業所得を除く各種所得の金額の計算の基礎となった収入金額(又は総収入金額)を「回収することができなくなった場合」の規定であり、同条は、収入金額(又は総収入金額)に係る私法上の債権が存在し、その債権が回収不能になった場合を前提に規定されたものであるところ、本件各処分は、原告に係る課税所得の計算上、本件規定を適用して、原告と中島興産との間の本件消費貸借を有利息取引に引き直し、通常の期間内に利息相当額の授受が行われたものと想定し、原告の税額等を計算する上で本件認定利息を擬制したものにすぎず、利息債権の発生を認定したものではなく、現実にされた行為又は計算そのものに実体的変動を生じさせるものでもない。

また、仮に原告が回収不能になったと主張する中島興産に対する貸付金元本の一部一三九八億二三八七万五七四三円が貸倒れになっているとしても、雑所得に係る貸付金元本の貸倒損失は、その貸倒が生じた平成四年分の必要経費に算入すべきものとされるにとどまり(所得税法五一条四項)、本件各年分の原告の所得金額に影響を及ぼすものではない。

したがって、本件各通知は適法である。

2  原告の主張

原告は、本件各処分を受けたことにより、中島興産から本件貸付金の返済を受けないままにしておいた場合には、平成四年以降においても認定利息相当額に対する課税を受け続けることとなるため、やむなく代物弁済によってその返済を受けることとし、中島興産も解散せざるを得なくなった。しかし、中島興産からの返済額は二〇五六億九七八九万九二五七円に止まり、本件貸付金の元本額三四五五億二一七七万五〇〇〇円を大幅に下回る額となったため、その差額一三九八億二三八七万五七四三円を免除したものであり、それに伴って本件認定利息の回収も不可能となった。

ところで、本件各処分は、原告が、中島興産から利息収入はもとよりこれに代わる何らの経済的成果をも得ていないにもかかわらず四九五億円余りの本件認定利息があったものと擬制してされたものであるから、そのような事案にあっては、原告が認定利息相当額の利息債権を有していたものと擬制して所得税法六四条一項の適用あるいは類推適用すべきであり、かかる解釈は、税負担の公平維持を目的とする本件規定の趣旨にも合致するものというべきである。

また、本件各通知で問題とされているのは本件認定利息であるから、貸付金元本の貸倒れに関する規定である所得税法五一条四項は本件各通知においては適用がない。

したがって、本件各通知は違法である。

第四争点に対する判断

一  争点1(本件各通知の取消しを求める訴えの利益の有無)について

国税通則法によれば、更正の請求をしようとする者は、その請求に係る更正前の課税標準等又は税額等、当該更正後の課税標準等又は税額等の外、その更正の請求をする理由及び当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を記載した更正請求書を税務署長に提出しなければならないとされているが(二三条三項)、右請求を受けた税務署長は、単に課税標準等又は税額等について調査すべきものとされ(同条四項)、右請求に係る理由の有無を調査すべきものとはされていないから、税務署長は、更正の請求を行った者の課税標準等及び税額等が全体として過大であるかどうかを審査すべきものと解される。よって、更正をすべき理由がない旨の通知は、更正の請求をした者の課税標準等又は税額等が総額として申告額等を下回ることがないという旨の確認的処分であると解される。そうすると、増額更正と更正の請求に対する通知の各取消訴訟の併存を許容するときは、同一人の同一年の一個の納税義務の税額について別々に審理がされることになるから、別個の裁判所において相互に矛盾する判断がされる可能性があることは、一般的に否定できないところである。しかし、右にみた異なる裁判所の判断の矛盾についても調整の方途が考えられないものではなく、更正と通知はそれぞれ各別の処分として不服審査の対象となり、各別に不服申立期間、出訴期間が進行するものである上、少なくとも、所得税法六三条等が規定する後発的事由が生じたことに基づく同法一五二条の更正の請求については、これに先立つ更正時には当該事実は存在していなかったのであって、更正が右通知の内容に対応する応答を含むものと解することはできないから、訴訟上も、各別の処分としてその取消しを求め得るものと解される(最高裁平成二年(行ツ)第四二号、同三年三月一九日第三小法廷判決・税務訴訟資料一八二号六五〇頁、東京地裁昭和六三年(行ウ)第五号、平成元年七月二六日民事第三部判決・判例タイムズ七三二号二一七頁参照)。しかも、本件における更正の請求は、本件各更正に係る本件認定利息の雑収入があることを前提として、これに係る税額の減少を主張するものであり、いわば、本件各更正の取消請求についての予備的請求というべきものであるから、相互に判断の抵触が生じる現実的なおそれはないのである。

したがって、原告には、本件各通知の取消しを求める訴えの利益があるものと解されるから、この点に関する被告桐生税務署長の主張を採用することはできない。

二  争点2(本件各更正の適法性)について

1  本件規定の要件及び効果

(一) 本件規定は、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されていることから、当該会社の株主等の税負担を不当に減少させるような行為又は計算が行われ、課税上の弊害が生じやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して当該株主等に係る所得税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。

そして、本件規定によれば、<1> 同族会社の行為又は計算であること、<2> これを容認した場合にはその株主等の所得税の負担を減少させる結果となること、<3> 右所得税の減少は不当と評価されるものであることという三要件を充足するときは、右同族会社の行為又は計算にかかわらず、税務署長は、正常な行為又は計算を前提とした場合の当該株主等に係る所得税の課税標準等又は税額等の計算を行い、これに基づいて更正又は決定を行うというのである。

すなわち、本件規定の対象となる同族会社の行為又は計算は、典型的には株主等の収入を減少させ、又は経費を増加させる性質を有するものということができる。そして、株主等に関する右の収入の減少又は経費の増加が同族会社以外の会社との間における通常の経済活動としては不合理又は不自然で、少数の株主等によって支配される同族会社でなければ通常は行われないものであり、このような行為又は計算の結果として同族会社の株主等特定の個人の所得税が発生せず、又は減少する結果となる場合には、特段の事情がない限り、右の所得税の不発生又は減少自体が一般的に不当と評価されるものと解すべきである。すなわち、右のように経済活動として不合理、不自然であり、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われるであろう取引と乖離した同族会社の行為又は計算により、株主等の所得税が減少するときは、不当と評価されることになるが、所得税の減少の程度が軽微であったり、株主等の経済的利益の不発生又は減少により同族会社の経済的利益を増加させることが、社会通念上相当と解される場合においては、不当と評価するまでもないと解すべきである。また、右不当性の判断は、行為又は計算の態様から客観的に判断されるものであって、当該行為又は計算に係る株主等が租税回避等の目的あるいは不当性に関する認識を有していることを要件とするものではない。そして、同族会社の行為又は計算が右の要件を充足するときは、右行為又は計算は、実体法上の効力を否定されないまま、株主等の所得税の計算上、正常な行為又は計算に引き直されることになる。

(二) この点につき、原告は、第一に、所得税法は外部からの経済的価値の流入として把握される所得を課税対象とすることを原則とし、本件規定も所得の発生を擬制するものではないから、本件規定は、同族会社の当該行為又は計算の原因又は結果となる同族会社又は株主等の行為によって外部から経済的価値の流入が認められ、株主等が本来取得すべき所得に代わる経済的成果を実現させたことを前提としたものであるとし、第二に、行為又は計算は同族会社のそれであるから、不当性の判断対象となるのも同族会社の行為又は計算であって、所得税を免れる株主等の行為又は計算ではないとし、第三に、本件規定が掲げる「不当」性は、株主等の所得税を減少させることについてのものであって、私人である株主等の行為に経済合理性を当てはめて判断すべきものではないから、結局、本件規定は、株主等に本来収入が生じると認められる場合に、同族会社がその行為又は計算によって、本来発生すべき株主等の所得に対する所得税の負担を殊更に減少させるために行う、客観的に租税回避行為と認められる行為のみを否認するものであるとする。

しかし、本件規定は、同族会社の行為又は計算の実体法的効力を否定するものではないから、同族会社の行為又は計算によって株主等に収入が発生せず、又は経費が発生していない(編注「いない」は「いる」の誤りか)こと等を前提にして、株主等の所得税の計算という場面において、通常の取引で認められる収入の発生又は経費の不発生等の擬制するものである。また、同族会社が正当な対価を負担することなく株主等の支配する財産、経済的価値の移転を受けることは、その財産、経済的価値が同族会社の利益発生の直接的な原因とはなっていない場合であっても、株主等の収入ひいては所得税の発生を抑制することとなり、株主等の所得税の負担を減少させる結果となる同族会社の行為ということができるから、株主等の所得税の負担減少の有無を検討するにつき原告の主張する外部からの経済的価値の流入と目される事実を要するものではないというべきである。すなわち、株主等がその有する財貨を無償若しくは低廉な対価で、又は不相当に高額の委託料を支払って同族会社に貸与又は管理委託をし、同族会社においてこれを転貸又は管理して通常の対価を取得する場合には、外部からの経済的価値の流入が想定され、株主等の所得が同族会社の介在により分散されることになるが、この場合の外部からの経済的価値の流入を株主等の所得と観念することは、結局、同族会社への収入を株主等に対する収入と同視し、いわば本件規定を同族会社の法人格を否認する規定と解するに等しく、「同族会社の行為又は計算」を否認対象とする本件規定の文言と著しく乖離する結果となるから、このように観念し得ないことも明らかである。また、株主等から不動産の無償貸与を受け、これを事業の用に供する等、株主等から移転を受けた財貨を同族会社が事業に利用する場合でも、当該財貨を直接の原因とする外部からの経済的価値の流入はないものの、当該財貨の通常の利用によって私人が取得すべき収入の発生は抑制され、他方で営利法人である会社は利用し得る財貨を合理的に運用することが期待されるから、結局、株主等から移転を受けた財貨は同族会社による利益の原因となり、株主等が得べかりし所得を減少させる結果となるのであって、右事例を転貸等の場合と区別する理由はない。

そして、同族会社の行為又は計算によって株主等がその喪失した所得に代わる経済的成果を実現させたことも、本件規定の要件とはならないものというべきである。けだし、右にみたとおり、本件規定は、株主等から同族会社への経済的利益の移転を対象とするものであって、同族会社から株主等へのそれを対象とするものではないからである。また、株主等の所得税を減少させる結果となる同族会社の行為又は計算は、株主等にとっては経済的価値の流出という経済的に不利益な行為ということになるが、同族会社を支配する株主等がこのような不利益な行為を選択、実行したことには、かかる経済的不利益に優越する理由があったというべきところ、その理由が右不利益を補って余りある具体的経済的利益である場合には社会通念上相当と解される前記特段の事情が認められないために本件規定が適用されることになるが、これは不当性に関する判断の問題であって、株主等の具体的経済的利益の発生が本件規定の要件となるものではないのである。また、本件規定の恣意的運用が許されないことは当然であるとしても、原告のいう「所得に代わる経済的成果」の存否という要件が、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われている取引という要件と比べて特に明確であるということもできないから、原告の主張するような要件を本件規定の適用要件として加重する理由もみいだしがたい。よって、原告の右主張は採用することができない。

次に、本件規定による否認の対象は同族会社の行為又は計算であるが、これによって株主等の所得税の負担を減少させる結果となるものであって、否認の目的が株主等の所得税を正常な行為又は計算に引き直すことにあることからすれば、否認されるべき同族会社の行為又は計算とは、同族会社を当事者とする株主等の所得計算上のそれであることは明らかである。すなわち、大正一二年法律第八号所得税法中改正法律によって、所得税法七三条ノ三に「前条ノ法人ト其ノ株主又ハ社員及其親族、使用人其ノ他特殊ノ関係アリト認ムル者トノ間ニ於ケル行為ニ付所得税逋脱ノ目的アリト認ムル場合」において政府が当該行為を否認し得るとする規定が設けられ、それが漸次その適用範囲を拡大して本件規定となったという沿革、及び既に説示したような本件規定の趣旨に照らせば、本件規定にいう同族会社の行為又は計算とは、同族会社と株主等との間の取引行為を全体として指し、その両者間の取引行為が客観的にみて経済的合理性を有しているか否かという見地からその適用の有無及び効果を判断すべきものというべきである。これに対し、原告は、本件規定の適用対象を株主等と同族会社との間の取引行為全体とすることは本件規定の文言からかけ離れた解釈であると主張するが、株主等の単独行為(同族会社に対する債権の免除等)であれば格別、株主等と同族会社との間の取引行為すら本件規定の対象とならないのであれば、本件規定の適用場面は想定しがたく、本件規定の趣旨である税負担の公平がおよそ達成し得なくなるし、本件規定の文言上も前記説示のように解し得るものというべきであるから、原告の右主張を採用することはできない。

そして、本件規定は、同族会社の行為又は計算の結果としての所得税の減少について不当性を必要としているのであって、私人たる株主等の行為の合理性でないことは原告の指摘するとおりと解されるが、右の不当性は、同族会社の行為又は計算の不当性でもなければ、株主等の租税回避の不当性でもないのである。確かに、本件規定は、その制定の沿革からすれば、同族会社という法形式を利用して実質的な租税負担を軽減しようとする居住者に対処することを目的とした規定であるということはできる。しかし、「所得税の負担を不当に減少させる結果となる」という本件規定の文言から、本件規定の適用対象が客観的な租税回避行為に限られるとまで解すべき理由はない。また、我が国の税法は諸外国の立法例にみられるような租税回避行為に対処する旨の包括的規定を持たず、ただ一般に租税回避が生じやすいものと認められる行為類型に対処するために所得税法三三条一項かっこ書等の個別的な否認規定を置くこととしたのであり、その中で同族会社等の行為又は計算による前記のような課税上の弊害に対処すべく、やや適用範囲の広い否認規定として本件規定が位置づけられているにすぎないのである。よって、本件規定を初めとする各個別的否認規定の適用対象は、講学上の租税回避行為であることが通常であるとはいえても、これに限られると解する必要はないものというべきである。

2  本件規定と無利息消費貸借

右に説示した点を株主等から同族会社に対する無利息貸付けについて検討するに、ある個人と独立かつ対等で相互に特殊関係のない法人との間で、当該個人が当該法人に金銭を貸し付ける旨の消費貸借契約がされた場合において、右取引行為が無利息で行われることは、原則として通常人として経済的合理性を欠くものといわざるを得ない。そして、当該個人には、かかる不自然、不合理な取引行為によって、独立当事者間で通常行われるであろう利息付き消費貸借契約によれば当然収受できたであろう受取利息相当額の収入が発生しないことになるから、結果的に、当該個人の所得税負担が減少することとなる。そして、右の消費貸借が株主等の所得税を減少させる結果となるときは、同族会社が当該融資金を第三者に対する再融資の用に供する場合でなくとも、不当に株主等の所得税を減少させる結果となるものというべきである。

したがって、株主等が同族会社に無利息で金銭を貸し付けた場合には、その金額、期間等の融資条件が同族会社に対する経営責任若しくは経営努力又は社会通念上許容される好意的援助と評価できる範囲に止まり、あるいは当該法人が倒産すれば当該株主等が多額の貸し倒れや信用の失墜により多額の損失を被るから、無利息貸付けに合理性があると推認できる等の特段の事情がない限り、当該無利息消費貸借は本件規定の適用対象になるものというべきである。

これに対し、原告は、無利息消費貸借が一般的に経済的合理性を欠くとすれば、本件規定を株主等が同族会社に貸付けを行った場合にのみ適用するのはむしろ不公平である旨主張する。しかし、所得税法は居住者に対し経済的合理性ある行動を一般的に要求しているわけではなく、本件規定は、同族会社においては通常と異なる法形式を利用して株主等の租税負担を軽減することが行われやすいことから、かかる事態に対処する目的で特に設けられたものであることは既に説示したとおりであって、原告の主張は結局本件規定自体の平等原則違反をいうことに帰するところ、本件規定の前記のような趣旨、目的には合理性があるものというべきであるから(東京地裁昭和四四年(行ウ)第一八〇号、同五一年七月二〇日民事第三部判決・税務訴訟資料八九号三〇七頁参照)、原告の右主張は採用することができない。

3  本件規定と本件消費貸借

本件消費貸借は、原告が中島興産に対し、三四五五億円を超える多額の金員を無利息、無担保かつ無期限に貸し付けたというものであるから、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間では通常行われることのない不合理、不自然な経済的活動であり、これによって原告の得べかりし利息相当分の収入の発生が抑制されることになるから、原告の所得税の負担を不当に減少させる中島興産の行為又は計算に該当するものということができる。そして、中島興産には本件株式に係る配当収入及び受取預金利息に係る収入があっただけであることは既に摘示したとおりであり、<証拠略>によれば、本件消費貸借当時、中島興産は本件譲渡に係る代金を弁済する資力も本件貸付金の利息を支払う資力もなく、元本の返済の方法、期限は中島興産の返済能力の程度に応じて後日定める予定であったというのである。これによれば、中島興産は将来の返済能力を獲得することを予定しており、また、営利法人であることを考慮すれば、その資産の大半である本件株式を何らかの形で運用することが通常予想されるのであるから、中島興産が行う本件株式取得のための資金として融資を行った本件消費貸借には、前記特段の事情を認めることはできない。なお、<証拠略>を総合すれば、中島興産が本件株式の持株会社として設立され、実質的な営業活動を行っていなかったことが明らかであり、中島興産としては本件株式を単に保有することのみを目的としていたものと解されるが、そうであるとすれば、営利法人として極めて不自然な事態というべきであり、本件消費貸借は、原告の有した本件株式を実質的な対価なしに中島興産に移転するという経済実質を有するものということができるから、この点からすれば、本件譲渡の真実性を問題とする余地も生じることになる。しかし、本件譲渡は証券会社を介した取引であり、その代価の支払及び本件貸付金の交付が現実に行われているから、本件消費貸借を有効なものとして本件規定の適用を検討すべきである。そして、中島興産が営利法人としての実体を有するものとする以上、本件消費貸借によって中島興産が得た利益が消費貸借の利息分にも満たず、あるいはかかる取引形態を採用した動機、目的が非難されるべきではないとしても、不当性の判断を覆すべき特段の事情の存在を認めることはできない。

これに対し、原告は、株式譲渡益に対する非課税規定の適用を受け得る時期に本件株式の譲渡を行ったり、安定株主対策を講じることには何ら不当性はない旨主張するが、本件規定は租税負担を回避しようとした者に制裁的に税を負担させることを目的とするものではないから、本件消費貸借が正当な動機に基づくとしても、本件規定の適用は排除されないものというべきである。また、租税回避行為とは、全体として結果的に税負担を軽減するという意味で目的合理性を有する一連の行為であって、そのうちの一部に通常の経済活動としてみると不自然、不合理な部分が含まれるものを指すと解されるから、第二の二2ないし5に摘示した本件消費貸借を初めとする原告の一連の行為が全体として課税規定の適用を免れる等の点で目的合理性を有することは、本件規定が租税回避行為にのみ適用されるという原告の立場を前提としても、何らその適用を妨げる理由とはならないし、まして、本件消費貸借自体が通常の経済的活動として合理性を有することを裏付けることにもならないのである。

そして、本件消費貸借の結果、原告の所得金額及び税額は、独立当事者間においてされるべき取引、すなわち有利息消費貸借と比較すれば、通常の期間内に収受できたであろう利息相当額について減少したことが明らかであるから、被告桐生税務署長が本件消費貸借について本件規定を適用したことに違法はないものというべきである。

4  雑所得の額の計算

既に説示したように、同族会社の行為又は計算に本件規定を適用するについては、当該行為又は計算を、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われているものと認められる取引行為に引き直して、右引き直された取引行為に基づいてその所得金額及び税額等を計算すべきこととなる。

そして、本件消費貸借を独立当事者間で通常行われるべき消費貸借に引き直すとすれば、何らかの利息の約定が付されるものと解されるが、その利率をいかに解すべきかが問題となる。

この点につき、被告桐生税務署長は、本件消費貸借の融資額が多額であること、中島興産の借入目的が本件株式を長期に保有するための取得資金であること等から、かかる経済的実質に即した中島興産の標準的な行為又は計算としては金融機関からの借り入れが想定できるとして、本件消費貸借当時の全国銀行における貸出約定平均金利に相当する利息の約定があったものとみなすべきである旨主張する。既に説示したように、本件規定にいう同族会社の行為又は計算とは、同族会社と株主等との間の取引行為を全体として指し、その両者間の取引行為が客観的にみて経済的合理性を有しているか否かという見地から判断すべきことからすれば、本件消費貸借を引き直すべき標準的な行為又は計算としても、相互に特殊関係のない個人の法人に対する貸付け行為全体と解すべきであるところ、被告桐生税務署長の右主張は、法人の標準的な資金調達行為だけを取り出し、これに本件消費貸借を引き直しているようにも解し得ないではない。しかし、通常の経済人である個人が特殊関係のない法人に金員を貸し付けるに当たり、当該法人が金融機関から当該金員を借り入れる際に必要な利率と同額の利率を付することには経済的合理性が認められるから、結局において、銀行の貸出平均金利を基礎として原告の雑所得を計算することには合理性が認められるものというべきである。もっとも、本件規定の趣旨が税負担の公平の維持にあり、租税回避に対する制裁にはないことを重視すれば、本件消費貸借については、個人が資金運用をするに当たって一般的にみて経済的に不合理とはいえないものというべき預金金利に相当する利息の約定があったものと解する余地もないとはいえないが、本件貸付金は中島興産の経営のための融資としてその金額が膨大であり、原告自身も個人の預金等から支弁したものではなく、自己の信用を媒介に金融機関からの融資を得て本件消費貸借を行ったものであり、本件消費貸借が行われない場合に原告が本件貸付金を定期預金に供したであろうと合理的に推認することもできず、本件消費貸借の条件、貸付先の資力等を総合すれば、銀行の貸出平均金利をもってあるべき利率と認定したことをもって違法と評価することはできない。

そして、前記のように中島興産が実質的な営業活動を行っていなかったこと及び<証拠略>によれば、本件消費貸借は期限の定めのないものとはいっても、その経済的実質に照らして判断すれば相当長期間にわたる貸付けであったことは明らかであるから、本件消費貸借をその標準的な行為又は計算に引き直した場合に適用すべき利率は、全国銀行の長期貸出平均金利である本件金利に係るものとするのが最も適切と解されるところ、<証拠略>によれば、本件消費貸借が行われた平成元年三月における長期貸出約定平均金利は本件金利であったものと認められる。

よって、本件認定利息を基礎として本件各年度における原告の雑所得の金額及び税額を計算することは適法である。

これに対し、原告は、金銭消費貸借の利息に係る利率は、当事者間の関係、借主の支払能力、契約の目的、期間等の具体的状況に応じて千差万別であるから、本件消費貸借において適正な利率を決定することは不可能である旨主張する。しかし、本件消費貸借を引き直すべき標準的な行為又は計算は、前記のように、個人から法人に対する長期間の金銭貸付けと解すれば必要かつ十分であって、かかる場合における利率の標準値は、具体的な事案ごとに想定される借主の支払能力等の個別的差異を捨象した数値として求められるべきであり、本件規定もそれを当然に予定しているものということができるから、原告の右主張は採用することができない。

さらに、原告は、本件消費貸借によって中島興産が得た経済的利益は本件株式に係る配当金のみであるから、その適正な利率もこれと同額となるように定めるべきである旨主張する。しかし、中島興産は原告から本件株式の無償移転を受けたものではなく、ここで問題としているのも、本件株式を取得するために原告から融資を得た本件消費貸借の標準的利率であり、本件貸付金によって取得した本件株式の配当がその対価の利息に満たないとしても、消費貸借における標準的な利率がその使途によって制限される理由はないから、原告の右主張も採用することができない。

次いで、原告は、本件貸付金の借り入れの際の約定利率である三・三七五パーセントを本件認定利息に係る利率と解することも可能である旨主張するが、個人から法人に対する貸付けに係る利率を個人が銀行から借り入れる際の利率と同率にする合理的な理由はみいだしがたいし、<証拠略>によれば、三・三七五パーセントという利率は本件消費貸借当時のいわゆる短期プライムレートであって、長期の貸付けに適用するのは不適切であると認められるから、原告の右主張も失当である。

加えて、原告は、本件消費貸借に適用すべき利率から銀行による資金調達コストを差し引くべきである旨主張するが、本件各更正は、原告を銀行と同視する処分ではなく、本件消費貸借を標準的な行為又は計算に引き直してされたものであって、原告が現実に銀行各行に支払った本件貸付金に係る一日分の利息三一九四万九一四九円を平成元年分の雑所得の計算上必要経費として控除した上に、さらに本件貸付金の想定される調達コストを必要経費として控除しなければならないものとも解し得ないから、右主張もまた採用することができない。

したがって、本件各年度における原告の雑所得の金額は別表二のとおりと認められ、本件各更正に係る雑所得の金額はいずれもこれらを下回っているし、<証拠略>によれば、本件各更正に係る税額算出の経過にも誤りはないものと認められる。

5  本件各更正と信義則等

法律による行政の原理が特に重視される租税法律関係において信義則の適用があるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分による課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反すると認められるような特別の事情がある場合であって、右特別の事情があるというためには、少なくとも、納税官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことが必要というべきである(最高裁昭和六〇年(行ツ)第一二五号、同六二年一〇月三〇日第三小法廷判決・訟務月報三四巻四号八五三頁参照)。そして、右にいう公的見解の表示とは、通達の公表のような場合の外、申告指導のように個別の納税者に対するものも含まれる場合があるといえるが、租税法律主義の趣旨に照らせば、私的なものであってはならず、行政活動の一環として正式にされたものでなければならないものというべきである。

そこで本件各更正に際し信義則の適用の前提となる公的見解の表示があったといえるか否かをみるに、なるほど、<証拠略>の各文献は、税務官庁の担当者の手になるものであり、かつ、個人から法人への無利息貸付けは一般に課税対象とはならない旨の記述がみられるものではあるが、いずれも通常想定される一般的な税務事例に則した解説書の性質を有する私的な著作物というほかなく、右にいう公的見解の表示と同視することはできないし、右いずれの記述をみても、当該無利息貸付けが経済的にみて不自然、不合理と認められるような場合を含めて常に本件規定の適用がないと述べているものとは解されない(特に<証拠略>において個人から法人への無利息貸付けの例として挙げられているのは、いずれも経済的合理性の存在が推認される事案である。)。また、その他の本件全証拠によっても、個人から法人への無利息貸付けの場合にはおよそ本件規定の適用がないとした公的見解が表示されていたものと認めることはできない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、本件各更正が信義則の適用によって違法となる余地はない。

また、右に説示した点に加え、本件各更正に先だって、原被告が引用する無利息消費貸借事例が判例として存在していたことも併せ考えれば、本件全証拠によっても、個人の法人に対する無利息貸付けに本件規定の適用がないとの法的確信が納税者間に存在していたと認めることはできないし、原告が本件消費貸借当時において右のように信頼していたとしても、税負担の公平という本件規定の趣旨に反してまでかかる信頼を保護することはできないものというべきである。

したがって、本件各更正は信義則及び憲法三一条に照らしても違法とはいえないものと解される。

6  以上によれば、本件各更正は適法である。

三  争点3(本件各決定の適法性)について

1  <証拠略>によれば、本件各更正によって原告が新たに納付すべき所得税額(平成元年分につき五二億三五一八万七〇〇〇円、平成二年分につき八八億六九五四万四〇〇〇円、平成三年分につき八八億六九五四万四〇〇〇円であり、いずれも本件各更正に係る所得税額から申告(平成三年分については修正申告)に係る所得税額を控除した金額)につき、国税通則法六五条、一一八条三項を適用した金額は、別紙一ないし三の本件各決定欄記載のとおりとなるものと認められる。

2  もっとも、原告は、個人から法人への無利息貸付けについて課税されることはあり得ないとする見解が公表されていたことからみて、本件認定利息が本件各更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことにつき、同法六五条四項所定の正当な理由があると主張する。しかし、正当な理由があるとは、納税者のした申告が真にやむを得ない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を課すことが不当もしくは酷になる場合を指すものであって、納税者が税法を誤解したことに基づく場合は原則としてこれに当たらないものと解されるところ、既に二5で説示したように、原告が右のような見解の記載があるとして引用する各文献は、いずれも税務官庁による公的見解の表示とは同視することのできない私的な著作物である上、個人から法人への無利息貸付けには常に本件規定の適用がないと解される記載はないものと認められるから、仮に右文献内の記述によって原告が本件消費貸借に本件規定の適用がないものと誤解したとしても、それをもって右にいう正当な理由があると認めることはできないものというべきであり、他に正当な理由についての主張はない。

3  したがって、本件各決定は適法である。

四  争点4(本件裁決の適法性)について

1  国税通則法によれば、審査請求は、審査請求の趣旨及び理由等、所定の事項を記載した審査請求書を提出してするものとされ(八七条一項)、国税不服審判所長は、適法な審査請求書を受理したときは、相当の期間を定めて、原処分庁から審査請求書に記載された審査請求の趣旨及び理由に対応した原処分庁の主張が記載された答弁書の提出を受けるものとされ(九三条一項、二項)、審査請求人は口頭による意見陳述の申立をすることができる(一〇一条一項、八四条一項)など、審査請求人の主張の機会を保障している。また、<証拠略>によれば、実務上は、国税通則法九七条一項一号に基づく質問権によって担当審判官による審査請求人への釈明が活用されていることは認められるが、これも、主張責任の分配を前提とした当事者対立構造を採るものではなく、審査請求人への釈明も、審査請求人の意見を正確に聴取することに眼目があるのである。そして、審査の範囲は、不利益変更禁止の制限はあるものの、総所得金額に対する課税の当否を判断するのに必要な事項の全般に及ぶものであって、審査請求人の主張する違法事由の存否に限定されるものではない。したがって、事案によっては審査請求人に対する不意打ちを防ぎ、的確な判断に至るために、適宜審査請求人への釈明を行うことが望ましいとしても、判断の基礎となるべき事実の全てについて、審査請求人への釈明が義務づけられているものと解することはできない。

2  なお、担当審判官から審査請求人に対する釈明が望ましいとされるのも、総所得金額に対する課税の当否を判断するに必要な事実が中心となるのであり、右の事項を推認させる事実あるいは事実に関する評価については、右の要請が後退することは明らかである。

これを本件についてみれば、同族会社の行為又は計算に本件規定を適用するについては、当該行為又は計算が客観的にみて経済的合理性を有するか否か、結果として株主等の所得税の負担を減少させているか否かが重要であるところ、<証拠略>によれば、本件摘示事実は、実質的にみれば当面の対価を得ることなく本件株式を中島興産へ移転するについて、本件譲渡及び本件消費貸借という法形式を採用したことによって譲渡利益が非課税となるとの事実を前提に、判断者の推認を含めて、本件消費貸借が原告の経済的動機に基づくものと判断した経過を記載したものにすぎないのであって、このような推認に係る事情や判断について心証を開示した上で原告に反論、主張の機会を与えなかったとしても不当ということはできず、また、原告についてのみ一般に行われる釈明の運用を殊更行使しなかったとの事情も認められないから、これをもって、本件裁決に固有の瑕疵ということはできない。

五  争点5(本件各通知の適法性)について

1  所得税法六四条一項によれば、その年分の事業所得を除く各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額又は総収入金額のうちに回収できなくなったものがあるときは、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の計算上なかったものとみなされる。これは、所得の年度帰属について所得税法がいわゆる権利確定主義を採用し、収入すべき権利の確定した金額をもって各種所得の金額の計算上収入金額等に算入すべき金額としていることから(三六条一項)、収入すべき権利のうち後に回収不能となった部分が生じた場合には、当該部分を収入金額等から除外するために設けられたものと解される。そうすると、同法六四条一項が適用されるのは、収入すべき権利に対応する金額に限定されるものと解されるところ、本件規定は、既に説示したように税務署長の認めるところによって計算された所得金額等に基づいて更正又は決定を行うことができるとするものであって、現実の収入や、収入すべき権利を私法上発生させるものではなく、通常生ずべきものと認定された収入金額をもって、所得金額の計算を行うというにすぎないのであるから、この収入金額に同法六四条一項を適用又は類推適用する余地はないものというべきである。

2  以上によれば、原告の中島興産に対する本件貸付金の一部の免除には所得税法六四条一項の適用はないとしてされた本件各通知は適法である。

六  結論

以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚 竹野下喜彦 岡田幸人)

別紙略

別表 一

平和の発行済株式と原告及び原告が関係する法人等の保有割合

(単位:千株、%)

年月日

発行済株式総数

発行済株式のうち原告及び関係法人等の保有株式

原告分

中島興産分

関係者分

合計割合

株数

割合

株数

割合

株数

割合

昭和

62.12.31

672.0

538.4

80.1

100.0

14.9

95.0

63.12.31

58,880.0

43,252.0

73.5

8,705.0

14.8

88.2

平成

1.12.31

58,880.0

12,423.0

21.1

30,000.0

51.0

8,626.0

14.7

86.7

2.12.31

61,180.0

12,192.0

19.9

30,000.0

49.0

8,622.6

14.1

83.1

3.12.31

61,180.0

2,348.0

3.8

30,000.0

49.0

7,923.6

13.0

65.8

(注)1 発行済株式は、全て無額面株式である。

2 関係者分の「関係者」とは、原告の妻及び子供、原告が最大の出資者である有限会社建和並びに財団法人中島平和財団である。

3 割合(発行済株式総数に占める所有株式の割合)は、四捨五入の数値である。

4 昭和63年1月1日、睦興業株式会社及び株式会社中島ビルディングと合併、株式(資本金)増加。

5 昭和63年4月13日、1対80の割合で株式分割。

6 昭和63年8月8日、店頭売買登録銘柄となる。原告等の持株の一部放出。

7 平成元年3月10日、原告から中島興産へ本件株式3,000万株譲渡。

8 平成3年12月6日、東京証券取引所の第二部上場銘柄となる。原告等の持株の一部放出。

別表 二

適用利率、認定利息及び雑所得の計算表

1 適用利率

年5.580パーセント(貸出約定平均金利・長期・全国銀行分)

2 認定利息(<1>元本345,521,775,000円)

(単位:年・%、円)

計算期間

<2>利率

<3>日数

認定利息

備考

1.3.15~1.12.31

5.580

291

15,371,269,800

日数の初日は不算入

2.1.1~2.12.31

5.580

365

19,280,115,045

3.1.1~3.12.31

5.580

365

19,280,115,045

合計

53,931,499,890

(注)認定利息の算式は、(<1>元本×<2>利率×<3>日数/365)である。

3 雑所得の金額

(単位:円)

年分

<1>認定利息

<2>必要経費

雑所得の金額

備考

平成元年分

15,371,269,800

31,949,149

15,339,320,651

<1>-<2>

平成二年分

19,280,115,045

0

19,280,115,045

平成三年分

19,280,115,045

0

19,280,115,045

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